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@nhk_1945ichiro
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収集されているツイート (84)
【1945年8月6日】 また空襲警報だ。ほんの一機だか二機だかが上空を出たり入ったり。こんな神経戦...
【1945年8月6日】今日の一面 ◆北に我陸海の精鋭 必死 B29の北海道爆撃 ◆写真:朝の出...
【1945年8月6日】 今日の紙面(読者投稿)から ◆拝礼 「日本は神国である。しかるに近ごろ遺憾...
【1945年8月6日】 当直明けのひと眠りといきたいが、ひとまず汗でも拭いてくつろぐ。 今日は暑く...
【1945年8月6日】 ん? #ひろしまタイムライン #もし75年前にSNSがあったら
【1945年8月6日】 爆発したっ!何か #ひろしまタイムライン #もし75年前にSNSがあった...
【1945年8月6日】 家が土まみれ。口ん中も 何が。妻は義姉は?? #ひろしまタイムライン #...
【1945年8月6日】 ガラス全部吹っ飛んでいる!障子も全部 畳と天井板が持ち上がっている #ひ...
【1945年8月6日】 妻、義姉、無事、無事 とてつもなく凄まじい、衝撃だった 背中を堅い座布団...
【1945年8月6日】 座敷で寝ていた妻、足首に小さな裂傷。ガラス片によるもの 方方の家から叫び...
【1945年8月6日】 外は大騒ぎ。隣家、近所の住民がみな空を指差している なんだ?あれは! #...
【1945年8月6日】 廣島市内の方面 みるみる、真っ赤な雲が、みるみる盛り上がっていく。とてつも...
【1945年8月6日】 東洋工業の工員たち、こちらへ踏切を渡り遁走してくる。なんとみな血みどろ 女...
【1945年8月6日】 「アメリカがガソリンまきよった」 「ガスタンクか弾薬庫がやられた」みな言い...
【1945年8月6日】 防毒面、防空頭巾、鉄兜 これだけでいいのか。いやこれでいい 早く行かなけれ...
【1945年8月6日】 待て、仮にこの爆発が一発の爆弾によるものなら いつぞや軍監局長が話していた...
【1945年8月6日】 府中町埃宮下、山本社長邸半壊 社長はガラス片により背中に負傷も御無事 「...
【1945年8月6日】 当然のごとく、社と御子息の様子を知りたいとのこと 大洲付近から市町側の被害...
【1945年8月6日】 夢遊病のように歩く兵隊、わずかなぼろぎれを腰から垂らした女、瓦礫の横にうず...
【1945年8月6日】 火だ!大正橋は越えるも百メートル先、段原一丁目、火の海 家屋、電線電柱によ...
【1945年8月6日】 血へどを吐き血便を出して死んでいる幼児がいる 血みどろの赤子を抱き狂い叫ぶ...
【1945年8月6日】 木が焼ける匂いが強い。山頂は目の前 #ひろしまタイムライン #もし75年...
【1945年8月6日】 廣島が…ああ町が燃えている。 一面の炎と黒煙。見通しなし。流川あたり、右手...
【1945年8月6日】 地獄。汗で体はずぶずぶに濡れている。 #ひろしまタイムライン #もし75...
【1945年8月6日】 市内へ入るには北へ回るしかない 廣島駅だ、行けるのか #ひろしまタイムラ...
【1945年8月6日】 負傷者の列に、産経の唐津君がいた。重傷 紙屋町で電車ごとやられた。 お化...
【1945年8月6日】 町中では他の記者の姿も見なかったという。安否不明 早く入市しなければ 唐津...
【1945年8月6日】 くそっくそっくそっ自転車がパンク #ひろしまタイムライン #もし75年前...
【1945年8月6日】 大須賀町、火の海 栄橋か常盤橋からなら市の北側に入れるが、無理か #...
【1945年8月6日】 走って突っ切れるか しかし、どこまでこの烈火が続くのかわからない、防毒面で...
【1945年8月6日】 まとわりつく炎を振り払い、大須賀町を一気に突っ走る。 むせ返る煙と熱気。防...
【1945年8月6日】 栄橋、不通 たてがみを燃やしながら、馬が立ったまま死んでいる 柔らかなも...
【1945年8月6日】 対岸の泉邸裏、何百人もの追い詰められた裸体、川面に連なり漂う死体、死体、死...
【1945年8月6日】 常盤橋の向こうも炎が猛り狂っている 渡れないっ、無理だ無理だ #ひろし...
【1945年8月6日】 喉が燃える! 苦しい! 焼け死ぬ!!! #ひろしまタイムライン #もし7...
【1945年8月6日】 牛田の実家、損傷 ああ、めちゃくちゃだ。ガラス障子が破れ、戸棚が粉々にな...
【1945年8月6日】 生きていたっ! 「おじさん、ここよ、ここ」猿宮下の藪で甥と遭遇、母も 私...
【1945年8月6日】 母も、他の甥姪たちもガラスの破片で微傷で何よりだが ただ今朝、学徒動員に出...
【1945年8月6日】 聞けば、いま午後一時だという。 そう聞くと急に腹が減る。 今朝から何も食...
【1945年8月6日】 トマトを口に含む。 #ひろしまタイムライン #もし75年前にSNSがあっ...
【1945年8月6日】 夢遊病者のように歩く中学生、 血のついたぼろ切れを恥部の前にぶら下げた裸足...
【1945年8月6日】 子供を抱えて、戸坂国民学校に到着。軍医に子供を預けた 「お父さんかお母さ...
【1945年8月6日】 神田橋を渡り入市。白島九軒町から逓信局前、京口門に至る。 町を包む猛火は...
【1945年8月6日】 廣島城、消失。跡形なし。 薄煙の向こうに山々が見える。恐ろしく近くに山が...
【1945年8月6日】 将校がいる。松村参謀長…か? #ひろしまタイムライン #もし75年前にS...
【1945年8月6日】 司令部があったあたりまで行くと、焼け跡に松村参謀長が腰を下ろしていた。三角...
【1945年8月6日】 今まで見てきたものと、我が社も全滅かもしれないこと、軍事記者も殉職と思われ...
【1945年8月6日】 参謀長は言う 「‟中国軍管区司令部発表…六日午前八時過ぎ敵B29二機は廣島...
【1945年8月6日】 三階の編集局、まったくの灰に 焼けただれた階段を登る。机や器具、新聞、書...
【1945年8月6日】 ここで、昨夜同僚とウイスキーを飲み、昔話をした。 今朝、爆弾が投下されたほ...
【1945年8月6日】 目の前の交差点に、焼けていない死体が並んでいる 水原君はいないかと近づく...
【1945年8月6日】 社長邸に報告に向かわなければならないが、体が言うことをきかない。 太陽は...
【1945年8月6日】 今朝突然に起こった爆発。そして次から次へと目の前に現れた想像を絶する残虐。...
【1945年8月7日】 社長宅に集合。麦藁帽と長袖シャツ。弁当と水筒持参。 昨日の光景が頭をよぎる...
【1945年8月7日】 「あの、私も夫を捜させてください」 同僚と二人で出発しようとすると、社長...
【1945年8月7日】 積み上げられた広場の死体は、着衣に名札のないものは性別と推定年齢を控え、急...
【1945年8月7日】 「火と煙に追われて、生きとるもんは川に飛び込んだ。家の下敷きになっとるもん...
【1945年8月7日】 責任感の強さから弱る体を気力だけで動かしていたのだろう。局次長はかなり疲れ...
【1945年8月8日】 紙面はないとはいえ、自分に今できることは取材しかない。 市の中心部で唯一焼...
【1945年8月8日】 臨時県庁前にも運びきれない負傷者が並ぶ。 知事は出張中で無事だったが、夫...
【1945年8月8日】 ここまでの被害情報をまとめる。昨日訪ね歩いた社長ご子息をはじめ、社の人間四...
【1945年8月8日】 帰宅。家族は留守。疲れで火を起こす気になれず、冷や飯で食事を済ませた。 久...
【1945年8月8日】 「鬼畜米英」 日記帳に自然と書いた。私は、これまで大本営がどんなに強調し...
【1945年8月9日】今日の一面から ※他地域の新聞社による代行編集/印刷 ◆硯滴 「去る六日、...
【1945年8月9日】 昨夜十時二十五分から約一時間にわたり、B29約五十機が福山を空襲。焼夷弾約...
【1945年8月9日】 昨日から山陽本線廣島ー横川間開通。応急処置として廣島ー宇品間に臨時乗合自動...
【1945年8月12日】 廣島を壊滅させた新型爆弾は、「原子爆弾」であったようだ。 わが国の決戦兵...
【1945年8月15日】 晴れ。明後日から応召。 この先いつまで続くものか、そしてどこに配属され...
【1945年8月15日】 ガーガーと途切れ途切れで…よく分からんな。 新たに残虐なる爆弾…朕が帝...
【1945年8月15日】 …堪え難きを堪え忍び難きを忍び… 「一億玉砕せよとおっしゃっているんで...
【1945年8月15日】 この放送が本当に陛下のお言葉なら… ポツダム宣言を日本が受諾したに違いな...
【1945年8月15日】 「今の放送は本物か?」 逓信局に行き大声で聞くが、庶務課員たちはぼんや...
【1945年8月15日】 日本は、負けた。 #ひろしまタイムライン #もし75年前にSNSがあっ...
【1945年8月16日】 「・・・・」 ラジオからは何も聞こえない。あの爆発からわずか二十五時間後...
【1945年8月16日】 「ばかな、もう行く必要はないよ」。仲間にはそう言われたが、明日は応召する...
【1945年8月17日】 滑稽なほど形ばかりだ。 身体検査は異常を訴える者にだけ聴診器をあてる。 ...
【1945年8月17日】 東練兵場に移動。乾パンが支給されたので食べる。この後どうなるのだろうか。...
【1945年8月17日】 将校が箱の上に上がった。みな息を飲む。 「大本営および第二総軍の命令を伝...
【1945年8月18日】 どのように敗戦処理をするのか見ものだ。 宮家の東久邇宮が組閣したが、閣僚...
【1945年8月19日】 社長邸へ召集解除の報告に行く。 「社の死亡者は百人以上になった」と社長。...
【1945年8月19日】 同僚の水原くんも死んだ。 当日は存命で自宅に帰ったと聞いていたが、その...
【1945年8月22日】 三年八カ月ぶりだ! 今日から天気予報が復活する。 日の出、日の入り、月齢...
【1945年8月27日】 とぼとぼ歩いていると、老女が焼け跡で泣いていた。「誰か亡くなったのですか...
【1945年9月3日】 米記者団にどうしても聞きたかったことを聞く。 「原子爆弾を人道上どう思うか...